“寂寥”の桜伝説 桜怪奇エッセイ はかなさと魔的な力

怪奇文学研究者・志村有弘さんによる 「桜怪奇エッセイ」

2 桜に魅せられた西行 はかなさと魔的な力

もともと、桜ははかないものと思われてきた。『古今和歌集』に読人知らずとして、

空蝉の世にも似たるか花ざくら
咲くと見しまにかつちりにけり

という歌がある。空蝉とは蝉の抜け殻のこと。そこから魂が抜けてしまった虚脱状態を称するようになった。歌の意味は「桜の花ははかない世の中に似ているのか。咲いたと思うと同時に散ってしまっていた」ということであろう。

とはいえ、桜は不思議な魅力がある。西行は、

吉野山梢の花を見し日より
心は身にも添はずなりにき

と、『山家集』の中で詠んでいる。吉野の桜花を見てからというもの、我を忘れてしまう状態になったというのだ。何事にも執着するなというのが仏の教えである。しかし西行は仏に仕える身でありながら桜の美しさに激しく執着した。花に執着すればどうなるか。花を見ずして死ぬことはできない。死んでも死にきれないとなれば、その魂魄は中有の闇の中にさまようこととなる。桜の持つ魔的な力に魅せられたというべきか。

次ページでは、桜を愛でる鬼の話を紹介

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