“寂寥”の桜伝説 桜怪奇エッセイ 桜の下には屍体

怪奇文学研究者・志村有弘さんによる 「桜怪奇エッセイ」

1 美の形容としての桜 桜の下には屍体

北海道の中央部に位置する深川市に桜山という名の山がある。桜山という名称が示すように、桜の季節になると、山全体が桜であった。北海道は桜の咲くのがだいたい五月である。大人たちは桜の下でゴザを敷き、酒盛をするのだが、鬱蒼と茂った桜の木の下は太陽が射さず、薄暗かった。花冷えというのであろうか、肌寒さを感じるのが常であった。そして、桜の季節が終わると、桜山の少し大きな石の下には必ず何匹かの大きな蛇がいた。

私は、桜というと、どうしてもこの肌寒さと薄暗さを切り離して考えることはできない。だから、梶井基次郎が小説『桜の樹の下には』で「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!これは信じていいことなんだよ」と言った感じが理解できるのである。坂口安吾は小説『桜の森の満開の下』で「花の下は冷たい風がはりつめてゐる」といい、女の屍体も男の体も消えてしまい、「あとに花びらと、冷たい虚空がはりつめてゐるばかり」であったと記していた。近代の作家たちも桜には一種異様な雰囲気に引きずりこまれていたらしい。

渡辺淳一の『失楽園』の中に久木祥一郎と松原凛子が修善寺温泉で野天風呂に入ると、夜空に満開の桜が見え、桜の花が舞い落ちてくる場面がある。『失楽園』中の「落花」と題する章なのであるが、ここでは桜の描写がふんだんに行われている。やがて、久木と凛子は愛情交歓をしたままの形で自裁して果てる。人生を落花にたとえるならば、人の世とはなんとはかないものか。

次ページでは、桜のはかなさと魔的な力について紹介

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